吉野作造記念館デジタルギャラリー

4遺品‐A吉野‐029

遺品

扇(吉野作造・たまの筆)

吉野作造夫妻の連名で「告別」と記された扇。日付は「42年1月4日」(1909年〈明治42〉1月4日)とある。吉野が袁世凱の子息・克定の家庭教師他の職を得て中国に滞在したのは1906年(明治39)年からの約3年間で、この扇に署名した5日後の1月9日に天津を出発、大連・仁川・長崎を経て神戸に上陸、その後汽車を利用し1月23日に東京に帰着した。この扇の左下に小さく「天津 常盤ホテル」と印字があるが、このホテルは吉野が中国赴任後半年ほど滞在した日本租界内のホテルである。この日の吉野の日記には「朝ヨリ荷物片付ニカヽル」「常盤ホテルニ招カレ送別ノ宴ヲ賜ハル」とあり、送別会を催してくれた知人への返礼として贈ったものと思われる。