吉野作造記念館デジタルギャラリー

A-1-014

[吉野作造肖像]

吉野俊造氏寄贈

1917年(大正6)ころ

39歳ころ

撮影年次を正確に同定できないが、大正時代半ばのもの。代表論文「憲政の本義を説いて其有終の美を済すの途を論ず」(1916年)の発表、中国革命史研究への着手(同)、東京帝国大学学生基督教青年会(YMCA)の理事長就任(1917年)、白虹事件をめぐる浪人会との立会演説会(1918年)、黎明会の結成(同)と、デモクラットとして最も活発な活動を見せた時期である。