吉野作造記念館 電子展覧会 No.1

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Ⅴ 大正デモクラシーの旗手として

 1914年(大正3)に東京帝国大学の教授となった吉野作造は、その2年後に雑誌『中央公論』に発表した論文「憲政の本義を説いて其有終の美を済すの途を論ず」で「民本主義」という考え方を発表しました。それは、国民の利福のために、国民の意向によって政治が行われなければならないとする内容で、大日本帝国憲法下にデモクラシーの政治を実現するための理論的根拠を示すものでした。この論文が発表されて以降、国民の政治参加を求める世論は次第に高まり、日本でも政党政治や普通選挙が次第に実現していくことになります。
 また、人々が対等の立場で尊重しあうというデモクラシーの理念を国際政治にも適用し、第一次世界大戦以降の世界的な国際協調の流れに日本も加わるように世論を促しました。とりわけ民族運動が活発になり始めた中国、朝鮮との平和友好、相互尊重を主張し、中国・朝鮮からの留学生に対する支援や交流は吉野のライフワークになりました。

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